岸田首相、真相は「一目惚れ」 見合い結婚の妻裕子さん「夫人外交」経験
岸田首相,真的是「一見鐘情」 相親結婚的妻子裕子夫人的「夫人外交」經驗談
G7外相会合の参加国の外相夫人と宮島を訪問した裕子さん(手前右端)。地元の観光親善大使らの見送りを受けた(2016年4月11日)
G7外長會議參加國的代表夫人與一同訪問宮島的裕子夫人(畫面右手邊)。正接受當地觀光親善大使的送行。(2016年4月11日)
新たなファーストレディーになった岸田文雄首相の妻裕子さん(57)は英語が堪能で、マツダの重役秘書を務めた経歴を持つ。外相時代は外遊に同行し、2016年4月には地元広島市であった先進7カ国(G7)外相会合で「夫人外交」の経験もある。関係者は「役割をしっかりと果たせるはず」と太鼓判を押す。
甫成為新第一夫人的岸田文雄首相之妻裕子夫人(57歲)英文相當流利,曾於馬自達公司擔任秘書。在丈夫擔任外務大臣時期也陪同出訪,2016年4月在廣島舉行G7外長會議時曾有「夫人外交」的經驗。相關人士評論她「扮演了舉足輕重的角色」,給予相當高的評價。
裕子さんは三次市出身。十日市小で同級生だった三次商工会議所会頭の佐藤明寛さん(56)は「おとなし目。勉強はよくできた」と振り返る。6年生のとき、児童会会長になり、裕子さんも児童会役員に。「よく気が付き、側面でしっかりと支えるタイプ」と話す。
裕子夫人出身三次市。曾是他在十日市小的同學,也是三次商工會議所領袖的佐藤明寬先生,給予她「像個小大人。也很認真唸書」的評語。6年級時,他成為兒童會會長,裕子小姐也是兒童會的成員,他表示裕子夫人是「非常細心,是個懂得從旁協助的人」。
広島女学院中・高(広島市中区)に進み、寮生活を6年間送った。同級生によると「水泳部に入り、練習に打ち込んでいた」。東京女子大を卒業後、マツダに入社した。
此後升學,國中高中都在廣島女學院,度過了六年的宿舍生活。同學回憶道:「她加入游泳隊後,一心專注在練習上」。從東京女子大學畢業後,她便進入馬自達任職。
1988年、岸田氏とお見合いし結婚。長年の支持者によると、衆院議員だった父文武氏の秘書として企業回りをしていた岸田氏が裕子さんに「一目惚れ」したのが真相で、儀礼的に見合いの場が設けられたのだという。岸田氏の秘書で長男翔太郎さん(30)ら3人の息子を広島で育てた。
1988年,與岸田相親後結婚。但根據他長年的支持者回憶,當時岸田擔任身為眾院議員的父親岸田文武的秘書,在一次拜訪企業時,其實就對裕子小姐一見鐘情了,只是儀式性地進行了相親。此後兩人在廣島生活,並育有包括目前就任岸田先生秘書的長男翔太郎先生(30)在內共三子。
政界で存在感を高めるにつれ地元になかなか戻れなくなった岸田氏に代わり活動。女性後援会「イーグル・レディース」の前京子さん(74)=中区=は「選挙では、彼女が一人でいろいろな所を回っていた。演説も上手になった」と話す。
岸田在政界作為重量級人士,而很少有機會回到地方服務。代替他在地方活動的女性後員會「Eagle。Ladys」的前京子小姐(74歲)=中區=表示:「選舉時,裕子小姐都是一個人走透透。演講也相當拿手」。
広島でのG7外相会合では岸田氏が議長を務め、裕子さんは英国、フランス、イタリア、カナダの外相夫人を厳島神社(廿日市市)などに案内。平和記念公園(中区)の原爆慰霊碑へ一緒に花を手向け、原爆資料館も見学した。
在廣島舉辦的G7外長會議時,岸田先生擔任議長,裕子小姐則為英國、法國、義大利、加拿大的外交部長夫人導覽了嚴島神社(廿日市市)等地方。也一起向和平紀念公園(中區)的原爆慰靈碑獻花,並參觀了原爆資料館。
食事の面でも夫を気遣う。岸田氏が自民党総裁に選ばれた9月29日の夜は、好物のお好み焼きを作って祝ったという。
夫人在料理上也抓住了老公的胃。岸田先生當選自民黨主席的9月29日當晚,她便煮了老公最愛的好吃燒慶祝。
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